暖かい場所
――あなたといると・・ほら、こんなにも心が暖かい。
「ねぇ、何を焼いているの?」
私は隣に居る彼の服の裾を引っ張った。
「・・なんだと思う?」
案の定、いつもの通りはぐらかされてしまった。
「もうっ、聞いているのは私の方なのに!」
私は怒ったように頬を膨らまし、彼がいる場所とは反対方向に顔を背けた。
彼は「参ったなぁ。」と言いながら柔らかに笑い、私の頬を指で軽く突っつく。
「・・・・。」
私は彼の体を左手で確かめると、そっと彼に寄りかかった。
目を開けても閉じても・・見えるのは同じ暗闇の景色。
そんな中で、感じるのは体を撫ぜる風と目の前にあるのであろう焚き火の仄かな熱気、そして彼の体温だった。
パチパチパチ・・・
静かな庭に焚き火の音だけが辺りに染み渡るように響く。
「暖かいね。」
私がそう呟くと「そうだね。」と彼も返してくれた。
それと同時に彼の右腕がもぞっと動き、私の頭を優しく撫でてくれる。
そんな彼の動作が嬉しくて、私は彼の服をぎゅっと掴んだ。
どくん・・彼の心臓の音が聴こえる。
私にとって、この体温だけが唯一の居場所。
「あなたも、暖かい。」
私がそう言うと、私の頭を撫でていた手は一瞬止まり・・しばらく経ってまた動作を再開した。
撫でてくれている手が震えているのは気のせいだろうか。
・・あなたの抱える苦しみを、私が取り除いてあげられればいいのに。
+++
――君がいれば、凍てついたこの世界もこんなに暖かい。
「ねぇ、何を焼いているの?」
そう訊かれて一瞬戸惑ってしまった。
まさか・・こんなことを彼女に答えられる訳がない。
「・・なんだと思う?」
僕がそう返すと、彼女は案の定不貞腐れてそっぽを向いた。
そんな彼女の様子を見て、自然に笑みが零れる。
たとえ・・目の前で人が苦悶の表情を浮かべ焼かれていたとしても。
僕たちの世界を壊そうとする彼らを許すわけにはいかなかった・・・。
生まれつき目の見えない彼女を、僕の・・そして彼女の親でもある者達は疎み隔離しようとした。
こんなにも清らかで純粋な心を持って生まれてきた僕の“妹”。
物心ついた頃から上辺だけの家族にうんざりしていた僕にとって、彼女だけが僕の全てだった。
彼女を“女”として意識するのに時間はかからなかったし、彼女の方も僕を好いてくれた。
そんな中、戸籍上僕たちの親にあたる者たちは強硬手段に出た。
彼女を・・ここから遠い村の男の家に売り飛ばそうとしたのだ。
僕はそのことを人づてに知って怒り狂った。
そして、気づいたら彼らを縄で締め上げ口を塞ぎ、家から少し離れた雑木林の奥で焼いていた。
こんな奥地だ、ここなら誰にも見つからないだろうと思っていた。
・・それなのに。
「そこにいるんでしょう?」
いつの間にかそこに、不安げに瞳を揺るがせながら杖を突いて近づいてくる彼女がいた。
相当探し回ったのだろうか、彼女の吐き出す息は荒い。
「・・どうしてここにいるとわかったんだい?」
僕の問いに彼女は答えなかった。
その代わりに僕が近づいて彼女の頬に触れると、彼女は一粒涙を零した。
+++
「あなたがいれば何も要らないの。」
「・・それは僕も同じだよ。」
この会話を何十回繰り返しただろうか。
それでもあなたに伝えないといけない気がする。
「・・あなたが何をしたとしても、私はあなたをずっとずっと愛しているから。」
「・・・・・。」
彼からの返事はなく、ただただぎゅっと体を抱きしめられた。
彼の体温は暖かくて好き。
焚き火の音はいつの間にか止んでしまったけれど、この暖かさがあればどんなに寒い場所もきっと平気だ。
私には彼が見ているものを見ることは出来ないけれど、彼の抱える苦しみを少しは感じとることはできる。
・・だから。
「あなたと一緒なら、どこへでも行けるわ。」
そう言って私は彼の広い背中にゆっくりと腕を伸ばす。
この暖かい場所が私にはあるから・・どんな凍てついた場所でも、私は生きていけるの。