センニチコウの咲く庭で。





「私、もう駄目だわ・・・」

そう彼女が静かに言った。

「・・そうか」

俺はそう答えた。

それ以外、答えようがなかった。





俺たちは軒下で何をすることもなく夜空を見上げていた。

いつもより心なしか体の軽い彼女を俺は背におぶる。

雲ひとつない漆黒の空には白く煌々と輝く丸い月が浮かんでいた。

その輝きが目に染みる。

いや・・・。

染みてるのではない、これはただの言い訳だ。


「もう少し、がんばれないのか?」

俺がそう言うと彼女は俺の背中で薄く笑った。

「私ももっと貴方と一緒にいたいけど・・・こればっかりはもう駄目みたい」

しばしの間二人に沈黙が訪れる。


「ねぇ・・・庭に行ってくれないかしら?」

彼女が俺にお願いするのは珍しい。

俺は嬉しさと複雑な思いを胸に秘めながら、庭へと彼女をおぶりながらゆっくりと歩いていった。


「何もないね・・・」

それはそうだ、庭にはほとんど何もない。

ただ一面の土とわずかな雑草が生えた殺伐とした場所。

彼女がなぜここに来たいと言ったのか俺にはわからなかった。


「お願い・・・聞いてもらえる?」

それは突然だった。

俺がその言葉に対する返事をする前に彼女が口を開いた。

「私が死んだらこの庭に私を埋めて欲しいの。そうしたら私がここに埋まってから1000日経った日に、あなたにまた会いに来るから。」


「そんな馬鹿な」とは言えなかった。

ただ彼女の声が真剣そのもので、まるで俺に言い聞かせるようだったから。

「わかった」

それ以外どう答えればいいと言うのだろう。

彼女は俺の答えに満足したのか「ありがとう」と呟くとそれっきり口を開くことは無かった。

ただ・・・俺の背にずっしりと重みだけが増した。









・・・それはとても不思議な光景だった。


彼女を埋めてから一ヶ月経った朝、庭を何気なく見に行くと、ちょうど彼女を埋めたところに何かの植物の芽が出ていた。

もしかしたら彼女の死体の養分を得た雑草の類かとも思ったが、なぜか俺にはそうは思えずその芽を抜こうという気も起こらなかった。

それに、人間の死体を埋めたにしてはそこは昔と変わらず土の匂いしかしなかったから。

そして半年後にはその植物は立派に成長していた。

しかし、不思議なことにその植物は花どころかつぼみさえつけることはなかったのだ・・。



+++



やがて時が経ち、彼女が言っていた『1000日』目がやってきた。

その日は偶然にも、あの日と同じ雲ひとつない満月の夜となった。

俺は暗がりの中、彼女を埋めた場所だけに生えている植物の前で、静かに佇んでいた。

今でもこの植物がなんなのか俺には全くわからないが、不思議とここにこうあるのが当たり前の気がする。


さわさわ・・・


風が吹き目の前の植物が震えるように揺れた。


「・・・?」

ふと、おかしなことに気が付いた。

茎と葉の間に白いものがいくつもある。

顔を近づけてよく見てみると、それは花のつぼみのようだった。

その白いものは俺が見ている中だんだんと大きく膨らんでいく。

そしてそのつぼみは俺に笑いかけるように・・ふわっと開いた。



――センニチコウ。



それは以前、彼女が好きだと言っていた花の名前だった。

今の今まで忘れていたが、俺はその植物の花の写真を彼女に見せてもらったことがあった。

そして今、俺の目の前で咲き始めた花はその写真で見たものそのままだった。


「おかえり」

俺はそう言ってそのかわいらしい白く丸い花を撫でた。

彼女は嘘をつかなかった・・・本当に会いに来たのだ。












『センニチコウの花言葉はね、「不変の愛」なのよ』